2018/01/23 ろくべドックアウト from K沢医科大学病院

不本意ながら、“あけおめ”記事の次記事がネガティブな話題になってしまいました。

実は、2年前にもこれとよく似たタイトルの記事を書いてます。

2016/03/07 ろくべドックアウト from K沢医科大学病院

この時は胆石発作に悩まされ、胆石を抱えた胆嚢摘出の為の入院でした。実は今回も胆石発作です。2017/9月末、10月末、11月末と3回の発作がやって来ました。それも2年前より激しい痛みでした。こりゃ堪らんと、2017/11月末、以前手術して頂いたK沢医科大学病院を受診。MRI、DIC-CTを撮った結果、今度は胆管結石の疑い有りとの診断で、2018/1/9に同病院の消化器内科に検査入院しました。入院期間は2週間と言う事でした。

1/10のERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)の結果、胆管に3mm大の結石が確認された為、即時、取り出しました。この検査は膵臓へのインパクトが強いらしく、膵炎をケアしながら回復を図り、本日(1/23)、漸く退院してきました。

[01/09(火) 一日目]

朝食

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

入退院予約センターに必要書類を提示後、血液検査、尿検査、腹部X線、心電図をとりました。その後で、病室(1号棟7階西病棟)を指示され、いよいよ入院です。

四人部屋の無料病室を希望してたのですが、あいにく一杯らしく、\1,620/日の仕切り付きの四人部屋を与えられました。この部屋は全ベッド埋まっており、四人部屋でのスタートです。

この日は、昼食・夕食共に普通食でストレス無く食事出来ました。

[01/10(水) 二日目]

朝食

昼食

夕食

起床後は絶飲食ということで、起きるとすぐに点滴用の針を入れられました。この針は、1/13夜まで外れませんした。私の生命を維持する為に、ソルデムを点滴して貰いました。人間食べなくてもチャント生きていけるのですね。

15:00過ぎからの予定が3時間程度早まり、12:00過ぎにERCPのお呼びがかかりました。

着替えた後で内視鏡センターへ連れていかれ、喉の麻酔やら鎮静剤やらいろんなものを打たれ、俯けで頭を右に向けろと言われました。この姿勢、結構苦しいんです。後は眠ってしまい、気が付いたらストレッチャーに移動するように言われ、14:05、病室まで戻ってきました。

暫くして主治医のOた医師が登場、”胆管に3mm大の結石が確認できたので、EST(内視鏡的乳頭筋括約筋切開)後、結石を取り出しました。”との事。

あとは、膵炎をケアしながら、回復を待つのみ。私的には、十二指腸のあたりがムカつく程度で、痛み止めが必要なほどの痛みはありません。

[01/11(木) 三日目]

朝食

昼食

夕食(おもゆ)

6:00AM頃だったでしょうか?採血しますと言って起こされました。あとで聞いたのですが、食前の安静時の血液検査をする為らしいです。

夕方、久しぶり(48Hぶり)に口から食事を捕りました。ごはんは”おもゆ”です。ごはん以外では、うぐいす豆煮、ずいずい、味噌汁(具無)、減塩梅びしお。とても美味しいとは言えません。

[01/12(金) 四日目]

朝食(おもゆ)

昼食(五分粥)

夕食(五分粥)

凄まじい寒気のせいで、北陸地方は相当の積雪でした。

病院からの景色はこんな感じです。

20~30cmの積雪です。

一方、我が家はこんな感じです。30cmはゆうに超えてたようです。

女性軍必死の除雪作業にも拘わらず出動不能という事で、女房はお休みしたようです。

私の方は、肝心な時に何の役にも立てず、申訳ない気持ちでいっぱいでしたが、体調復活が重要課題ということで、お昼から”五分粥”に昇格です。とり野菜みそ、そうめん汁、とても美味しかったです。

それと、看護師さんにお願いして洗髪して貰いました。前回入院ではそんな事をして貰えるとは知らずに未経験でした。良いものです。

夕食では”たいみそ”でお粥アートを描きました。”石”です。

・・・自虐ネタです

それから、この日の夕方から4人部屋の住人が私一人になりました。二人が退院、一人が転室したんです。本来個室だと安くても\4,320/日の費用が必要なのですが、\1,620/日で個室を手に入れた事になります。超ラッキーです。テレビも音を出して聞けるのでTVカードの減りようが半端ないです。

[01/13(土) 五日目]

朝食(全粥)

昼食(全粥)

夕食(全粥)

朝食から”全粥”に昇格です。

22:00に最後の点滴を済ませ、漸く点滴針を抜いてもらえました。晴れて自由の身です。

尚、この日も我が病室には誰も入らなかったので、依然として個室状態

[01/14(日) 六日目]

朝食(全粥)

昼食(全粥)

夕食(全粥)

依然として一人部屋です。日曜日なので、救急で飛び込んでこない限り今日一日は個室状態だと思われます。

人間と言うのは厄介な動物で、独りだと楽しいのですが、あまり一人が長いと寂しくもなります。こんな時は、近くのダイニングコーナーへ行ってテレビを見たりしています。体調の方は、食後のモタレ感はあるもののほぼ戻ってきているので、こんな景色を撮影したりもします。

昨晩から点滴針が無くなったので、自力でシャワーを浴びたりもします。

食事は結構楽しみなのですが、兎に角味が薄くて美味しくありません。テレビで食事シーンを見ると生唾がどくどく湧いてきます。食パンのCMにでさえ唾が反応し、生唾どくどくです。

[01/15(月) 七日目]

朝食(全粥)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

今日も6:00AMの採血で起こされました。

今朝は雪こそ積もってはいないものの、昨晩好天だったせいか、えらく気温が低かったようです。女房からの情報では車の外気温表示が”-5℃”だったそうです。

今日も個室でした。昼食から”ごはん”登場です。やっぱり、ごはんと言うのは粒粒がハッキリしてないと駄目ですね。

午後、主治医のOた医師が血液検査結果を教えてくれました。未だ退院というレベルには届いてないので、1/17(水)にもう一度血液検査。その結果で退院日程を決めるとの事でした。明日(1/16)あたりには退院だろうと思い込んでいたので、少々がっかりしました。

この後、昨日同様シャワーを浴びました。

その結果、着替えの下着が底をついたので、売店から洗剤を調達し、向かいの洗濯乾燥機で洗濯しました。

女房に持ってきてと頼む手もあったのですが、こないだからの大雪で苦労をかけっぱなしなので、気が引けました。

また、1/12(金)から服用を再開していたツムラの11番(柴胡桂枝乾姜湯)は夕食時から服用を中止。

[01/16(火) 八日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

こんな写真を撮ったりしながら、今日も退屈な個室生活を送ってました。

昼食のおかずに”天ぷら”が出てきたので、興奮しました。生唾どくどくです。エビ2尾と野菜のかき揚げです。あまりの嬉しさに天つゆをかけ忘れました

14:00頃、遂にルームメートが入室してきました(先週、暫く一緒にいた方なので、戻ってらしたの方が正解かも)。個室生活も終焉を迎えました。

[01/17(水) 九日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

今日も6:00AMの採血で起こされました。

血液検査の結果、炎症系の反応は無いらしいのですが、肝臓の数値が退院レベルに届かないとの事で、退院日程は未定のまま。がっくりです。

もうしばらくは入院してなきゃいけない事になったので、暇な時間に本でも読もうかと、病院の1Fにある図書コーナーを眺めていたら、こんな本を見つけました。

20年ほど前にビル・ゲイツが書いた本です。彼は私より3~4歳上なのですが、何故彼がMicrosoftを立ち上げ、私が何も立ち上げてないのかを探ろうと読書開始です

それと、午後からウルソの服用を開始しました。お腹のモタレ感が若干改善されたような気がします。

[01/18(木) 十日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

今日は何の検査予定も無い一日でした。暇な一日でした。

地下1階と、1階にある売店を覗いてきました。お菓子とか、パンとか一杯おいてあります。甘いものに対する反応がすごいです。生唾どくどくです。

それと、あんまり暇だと、読書もはかどりません。

[01/19(金) 十一日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

今朝は、採血で起きました。

10:30AMからシャワーを浴びました。

昼食直後にはOた医師登場。血液検査の結果、01/17(水)よりは肝臓の数値(AST/ALT)良化。1/22((月)の検査結良ければ1/23(火)退院としましょう。との事。

明日(1/20)あたりに退院と言ってくれるかと勝手に期待してたので、若干意気消沈。

[01/20(土) 十二日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

今日も暇な一日です。

あんまり暇なので、午後、院内探検に出掛けました。中央棟2Fの認知症センターでこんなパンフレットを見つけました。”健康十訓”です。俳人 横井也有(よこいやゆう)という江戸時代の人が書いたらしいんですが、”少車多歩”あたりに違和感を覚えたのでググってみましたが、作者についてはかなり眉唾のようです。ただ、良い事を言ってると思ったので、掲載しときます。

[01/21(日) 十三日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

今日も暇な一日です。

円滑な社会復帰を目指して、午前と午後に一回ずつ院内Walkingに出掛けました。今日はトータルで、6,300歩程度歩きました。

[01/22((月) 十四日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

6:00AM前、採血の為に起こされました。

院内Walkingのあと、シャワーを浴びました。

昼食後、うとうととしていると、Oた医師が現れました。今朝の血液検査の結果、肝臓の数値も改善されてきたので、予定通り明日(1/23)退院しましょう。

この言葉を待っていたのです。ようやく退院です

今日も、院内Walkingで6,500程度歩きました。”ビル・ゲイツ 未来を語る”もあと90頁までこぎつけました。

[01/23(火) 十五日目]

朝食(ごはん)

昼食(ごはん)

夕食(ごはん)

いよいよ最終日です。起床後、”ビル・ゲイツ 未来を語る”を読破しました。今回の読書のテーマだったビル・ゲイツと私の違いですが、比較する意味が無いことが良く判りました。

ビル・ゲイツ

1968 [13才]三目並べ用のプログラムを書く アケビ採り、栗拾いに夢中
1971 [16才]仲間と共にプログラムを書いて、ひと夏$5,000をゲイン ソフトテニスに夢中
1975 [20才]Intel8080を搭載したミニコンピュータキットALTAR8800発売を契機にハーバード大学を休学。ポール・アレンと共にマイクロソフトを起業し、ALTAR8800のBASIC開発開始。 高校進学と同時に金沢での下宿生活を開始。田舎の神童が地方都市に出てカルチャーショックを受ける。
1995 [40才]マイクロソフト創業20年にして本著を発刊。当時の売上高が59億ドル、従業員数が1万7800人。 サラリーマンとして幹部社員なるものに登用される。当時の部下8名。

午前中に、院内Walkingで5,000程度歩きました。

昼食後、退院準備をし、入院費用の支払い、保険給付金申請の為の診断書申請などを済ませました。女房に迎えに来てもらって、14:30に自宅に戻ってきました。

リストバンドをカットし、

めでたし、めでたし。


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